地域を支える“価値”

地方創生コラム 第19回
「地域を支える“価値”~値打ちをどう高めるのか~〈第2回〉

 前号では、筆者が1999年から愛媛・新宮(しんぐう)村の第3セクターで従事した村おこしで、その核として地元の無農薬茶を据えるまでの経緯に触れた。今号では、その取組を通して新宮茶がどのようにして価値をまとっていったかを考えたい。

 新宮茶には鮮烈な香りがある。少なくとも東京から移住した筆者はすぐそう感じた。無農薬だから茶樹が自ら生命力を高め、香りがよくなるのは当然といえば当然だ。しかし地元の農家にとって新宮茶は文字どおり日常茶飯のお茶であり、他産地のお茶と比べての優位性に気づいている人は多くはなかった。実力に比して評価がまだまだ低い新宮茶は大いに伸ばせると直感した。それが新宮村の村おこしの核に新宮茶を据えた理由だった。村のほぼ全戸が栽培や加工など何らかの形で新宮茶に関わっていることも、村おこしの実感があまねく行きわたるためには重要な要素だった。無農薬栽培は手間3割増、収量3割減というほど大変なものだからこそ、無農薬ゆえ香りが高いと評価されれば、これまでやってきたことが間違いではなかったと村民が自己肯定することに繋がる。

 お茶は自販機で買う時代、新宮茶を茶葉のままではなく抹茶大福という姿に変えてプロモーションを開始した。現地では観光施設を運営していたから、この大福もそこで看板商品として販売してはいたが、冬期に積雪もある山間での待ち商売にはおのずと限界があり、少し遅れてインターネットでの通販もスタートした。数年は鳴かず飛ばずではあったが、そこで貫いた原則は、注文主と何通かメールを交わしてからでなければ商品は発送しないというものであった。2000年当時のネット通販はまだ黎明期で、注文しても音沙汰なく、忘れた頃に商品が届くといったことも横行していたため、そのような無機質なネット空間に、可能な限り接客という手法を持ち込もうとしたのである。一方でメールのやり取りさえできれば注文当日のうちに発送したため、注文主は面倒がるどころかレスポンスは非常に早く、むしろ他店との差別化から顔の見える店として信頼を勝ち取っていった。

 ネットの口コミを中心に、商品のおいしさだけでなく安心できる店としての評判も次第に上昇し、それを雑誌やテレビといったマスメディアが捉えて特集を組むなどした結果、さらに存在感が高まるという好スパイラルを得て、発売から5年後に爆発的なヒットとなった。しかし零細なお茶どころだから生産量には限りがあり、大量に舞い込んだ注文に対して応えられる量は極わずか。罵詈雑言のようなクレームは日々絶えなかったが、よそから抹茶を仕入れて生産を拡大する道は採らなかった。自分たちは菓子屋ではなく、村を知ってもらうために抹茶大福を作っているのだという理念を決して忘れることはなかったのだ。村おこしの産物であることを繰り返し丁寧に説明するうちそれらのクレームは下火となり、逆に応援してくれるコアなファンが増えていった。新宮茶に価値が芽生えた瞬間だった。(続く)

(シン・エナジー株式会社 ブランドコミュニケーション担当 平野俊己)

 

新宮村の抹茶大福(株式会社やまびこより転載)